“本編”で触れたように、先生は素粒子論から出発され、原子物理、核物理を経て原子炉物理に到達された。高速炉の物理特性の研究に集中されたのは昭和30年代の中盤以降ではなかったかと思われる。その成果により博士の学位を取得されたのは、京大・原子核で助教授になられてからであった。
学位論文の題目はOn the Physical Characteristics of Fast Breeder Reactors(高速増殖炉の物理的特性について)。箱崎にあった中央図書館で「論文内容の要旨」と「審査結果の要旨」を読んだ覚えがある。
内容はナトリウム冷却・プルトニウム燃料の高速中性子炉の物理的特性、とくに増殖比とナトリウム損失反応度をメインにまとめたものだった。私たちには大学院の講義科目、『原子炉工学特論第一』の中で詳しく解説された。以下は、論文内容について講義と資料と色々な折に聞いた話の記憶を基に記したものである。勝手に想像して書いたところが多々あるかもしれない。
当時の計算機環境の中ではどのように計算するかが大問題であった。今とは全く違う。多領域かつエネルギー多数組(当時使えたのは16組のYOM定数)の輸送計算は、時間がかかり過ぎて、系統的な数値解析を実行するには実用的ではなかった。少数組の計算は、組定数の縮約が煩雑である上に精度の点でも不適当であることが判明した(S4輸送計算や拡散近似計算で確認された)。
そこで多領域かつ多数組の解析を短時間で精度よく実行し得る計算法を考案し、独自のコードを作成された。これは領域毎に中性子数の収支を考えて中性子束の空間分布を近似する方法で、Regional Neutron Balance法と名付けられた。
なお計算は、昭和30年代半ばに設置された計算機(京大・日立の共同開発、HITACの前身)を使ってなさったそうである。
高速炉の物理特性について、系統的な研究がなされておらず、未知の問題が多数残されていた頃に取り組まれた研究である。高速炉は “夢の原子炉” とされていた。このような背景の中で、物理特性のうち最も重要と考えられた増殖比とNa損失反応度について、いくつかの体系を想定して系統的な計算を実施されたのである。
ただ、球体系の下での一次元計算、古い中性子断面積を使った計算であったので、もしも最新の断面積セットを使った多次元の輸送計算を実施して比べるならば、結果のいくつかは修正変更を受けることになると思われる。しかしそれでも、大部分は高速炉の物理特性に関する基本的知見としてそのまま現在も有用であろう。
増殖比やNa損失反応度、実効増倍係数、各領域における燃料核種の生成・消滅の割合などが燃焼に伴ってどのように変化するかを初めて明らかにされ、その結果を基に燃焼が進行しても実効増倍係数が殆ど低下せずNa損失反応度の点で安全な、内部ブランケット(Internal blanket)をもつ炉構造概念を提案された。特筆しておくべき先生独自の研究成果である。
なお学位論文の基になったジャーナル論文は以下のとおり。いずれも西原教授との共著として学位取得後に公表された。すべて先生の手に成ったものである。
(平成30年11月29日)