大田先生を偲んで

大田先生に感謝をこめて (松浦秀明)

 先生との最初のコンタクトは、応原3年次、炉物理(ラマーシュ:原子炉の初等理論上下巻)通年の講義でした。毎回、ある箇所に、その日のスポットライトをあて、簡潔な説明に続き、物理的な興味深い「問いかけ」をなされます。先生はご退出。これが先生のスタイルです。考えを練り上げ、先生の居室へ向かうと、必ず感想をお尋ねになり、質疑の時間を設けて頂きます。昨今、懇切丁寧な講義が求められますが、実戦で役立つ知識の修得には「悩み・考える」ことは不可欠。先生のスタイルは、考える力を育み、同時に迷える学生にも配慮したもの。大学院では、高速炉の物理に関して、先生自らのデータを基礎とした発展的な講義を展開されました。教壇に立つ立場から見て、自からのデータで学期を通した講義を組み立てる事は容易ではありません。ひとつの学術体系全体を通して、よくよく考え抜いた研究者のなせる業だと思います。

 日常のミーティングでは、多くを論ずるより、核心をつく簡潔なひと言で、個々の思考を揺り動かす、これが先生のスタイルです。朝は早く、早朝に英会話、中国語、フランス語。。。夕方は16時過ぎにはご帰宅、帰りに喫茶店に立ち寄りコーヒーをたしなまれ。学生と飲みに行く時は、ワインバー。アカデミックな話題で盛り上がります。おしゃれな先生でした。最終講義の折には、皆にひとりひとつずつ、各人ができる図面や調査等を的確にご指示され、各人から収集した図面やデータを、そのままの形で、ひとつも漏らさず、講義の確信部分に使用され、かつバランスの取れた講義を組み立てられました。難しいことを、いつも、あっさりと適切に対処なされる、物事を見通せる先生であったと思います。

 先生のお考えがあってのことと承知していますが、ご退官後、九大に足を運ばれることはなく、新年会もしばらくはお顔をお見せになられませんでした。その中、当時の大型計算機の経費については、ご退官直後より、長い間(20年近く?)継続してご支援頂きました。同時に、毎年アカウント更新の折には、いつも、短くも的確かつ力になるお言葉を頂いていました。昇格の折に即刻ワインを送って頂いたことは胸に焼き付いています。

 ほぼ隔年で開催される、国際会議ICENESでは、思い切り先生と話をする場を設けて頂きました。幕張、テルアビブ、アルバカーキ、ブリュッセル、アムステルダム、と。気持ちのいい風が漂う異国の地で、毎晩毎晩、黄昏どきから深夜まで、美酒とご馳走を、際限なく振る舞って頂き、2年ぶり、ここだけは、とことんお話させて頂く時間。ワインとチーズ。マルガリータ。パスタ。パエリア。「中性子に乗っかって考えなさい」「分かり易い物理で考える」「基本を大切に」。沢山の言葉が、爽やかな情景と一緒に浮かびあがります。

 先生から感じ教わったものは、師と弟子、研究者間、さらには研究者と研究テーマの「距離感」。上品で気高い「師」の姿。教員の立場となった今、やはり、何となくその一部が浸みだします。在りし日の先生のスタイルを胸に刻み、少しでも、先生に示して頂いた理想に近づけるように努力したいと思います。気品のある生き方を教えて頂いた大田正男先生に心よりお礼申し上げます。


追記:

 6月に訃報を受け取った時、皆様へのご連絡について悩みました。結局、先生のご意思を尊重し控えさせて頂いたものの、それでよかったのか。。。中尾先生、中島先生から「偲ぶ会」企画のお話しがあり、スピーチを小冊子に、とのご提案を頂いた後、このサイトの開設を思い立ちました。今現在、大田先生はご存命と思われている方も多いことでしょう。時間をかけて、少しづつ自然に浸透していくのでしょう。今は思います。「こんなスタイルもカッコいい!さすが大田先生!」

(平成30年12月15日:10月27日偲ぶ会でのスピーチより)