大田先生を偲んで

大田先生を偲んで (本多琢郎)

大田先生との出会い:

 大田先生の講義を初めて受けさせて頂いたのは、大学の三年生か四年生の頃と記憶しています。原子炉物理の講義の中で、最初は均質な無限媒質中の中性子拡散方程式から本格的に炉物理の世界に触れたように思います。核物理と輸送理論の理論的な全体系が良く分からず最初は四苦八苦した事を覚えていますが、中性子の運動論をパチンコ玉に例える等、分かりやすい説明で二群理論から多群理論へ炉物理を展開して講義して頂き、その理論構造の精緻な美しさに感銘を受けたものでした。研究室配属の際、当時の大田研究室の核融合案件の配属枠は確か1名だったと記憶しています。幸運にも先生の研究室に配属となり、一員となって研究生活を送る事ができました。それはまた、奇しくも先生にとって最後の4年生(卒研生)でした。


研究室の思い出:

 研究室に配属後、中尾先生から頂いた研究テーマは意味も良く分からず、先ずは核融合プラズマとは何か?から研究生活は始まりました。しかも、未だ研究の見通しも立ってない頃から生意気にも博士課程まで進学する事を先生達に宣言した次第。しかし大田研究室は、理論的構築力の強さを武器に自由闊達な議論を活発にできた研究室でした。先生から教えられた事は、その課題の背景に潜む“もの事の本質”を掴むこと。これは今の仕事のあらゆる面でも活きており、部下たちを指導する際にも気を付けている事です。

 博士課程へ進学して直ぐに初めて国際学会へ参加・発表することになりました。若輩者の学生にこうした機会を与えてくれた大田先生並びに先生方々には大変に感謝しております。海外へ行くことも初めてで、パスポート、宿の手配など学会の準備で奔走していたことを思い出します。場所はドイツ・カールスルーエ、当時は未だアンカレジ経由で大変時間が掛かったことを思い出します。カールスルーエ駅を出てすぐの隣ホテルに泊まり、美味しい白ワインを堪能しながら楽しい話を聞かせて戴きました。そして卒業しておよそ十年後、今度はITER(国際熱核融合実験炉)の仕事で同じホテルに宿泊し、当時の思い出を振り返った次第です。在室中は、何度か先生と国際学会へご一緒させて頂きましたが、旺盛な好奇心と前向きな姿勢にいつも感心させられたものです。


大学を卒業してから:

 無事に博士論文を書き上げ卒業し、日立製作所のエネルギー研究所(当時)に就職しました。入社前に結婚式を挙げたのですが、披露宴の後の二次会にも大田先生が出席されて大変有難く、又恐縮致しました。エネルギー研究所は、名前の通り原子力、火力等のエネルギー関連の研究を担当する研究所で、企業では珍しく核融合の研究も取り組んでいました。原子力関係の方々は、京都大学時代の大田先生のお名前をご存知の方も多く、先生の幅広いご活躍を改めて認識しました。研究所では大学とは違い、トカマク型の実験炉ITERの安全性研究を担当しました。海外機関といきなり共同研究を始めることになったのですが、学生時代の論文執筆、国際発表の経験等が十分に活かされたと思います。共同設計チームの拠点であったドイツに渡りITERの研究を暫く続けた後は、帰社後に陽子線治療、MRI等の放射線医療機器の開発に転向しました。全くこれまでと状況が違って良く分からず戸惑いもしましたが、先生から学んだ“本質は何か”が支えとなりました。大学時代に勉強した、核物理、放射線計測、放射化学等がこれら放射線医療機器の原理になっており、当時学んだ知識・経験が今も役に立っています。新年会でお会いした時には、先生は医療技術の短大で教鞭をとっておられ、診断装置の原理的な話で盛り上がった事を覚えています。そして、相変わらず旺盛な好奇心と前向きな姿勢には大変勇気づけられました。


振り返って:

 大学院生の時に昭和が終わり平成を迎え、その平成の時代も終わろうとしています。振り返ると私にとっては、平成は何もかも大きく変化した時代でした。そんな中で大田先生の研究室で学んだ知識・経験はその後の私の人生を切り開く基礎となりました。そうした環境と機会を与えてくれたのが、大田先生の“自由と本質を貴ぶ志”と周りの研究室の方々と思います。今度は私が次の世代へと意志を繋いでいく番だと感じています。これまでのご指導ご鞭撻に感謝致します。


(平成31年1月30日)

本多琢郎

1992年九大応用原子核 博士課程卒、 日立製作所・エネルギー研究所へ入所、1999-2001年国際熱核融合実験炉(ITER)国際共同チーム出向、2018年日立製作所・ヘルスケアビジネスユニット・開発統括本部 副統括本部長。大学時代の研究テーマは、慣性核融合プラズマ中の核反応生成粒子輸送に関する研究、ITERでは核融合実験炉の安全設計基準の策定、安全性解析・評価を担当。現在、医療用の放射線診断機器(CT、MRI、X線装置)等の設計・開発部門を統括。